とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

「待つこと」を大事にして、自分を楽にする。

先日、ある人とあった際、「あなたは『待つこと』を大事にしたほうがいい」と指摘を受けた。というのも、僕が会話でも行動でもすぐに反応してしまうため、僕に自然さや余裕がないようにその人には見えたらしい。その指摘の後、その人は待つことが大事な理由を話してくれた。その話で僕は納得できたので、会話でも行動でも待つことをしばらくの間心がけてみようと思った。

 

僕は沈黙が苦手なので、相手が話し終わった瞬間にしゃべってしまうことが多かった。そして、そういう時には自分が何を話そうかということばかり考えていたような気がする。言い換えれば、意識が自分の発言に向いてしまっている状態になってしまって、相手の話を聞いている感覚がなかった。そのため、会話の流れに合っていないことを話してしまうことも少なくなかった。

 

それよりも、まずは相手の出方を見てから反応することが大切だとその人は話してくれた。それが「待つこと」の意味だった。言われてみれば、今まで僕は相手の出方を見ていなかったと思う。いや、むしろ自分が不利になりたくなかったために、相手の出方を見たくなかったのかもしれない。そのために、必要以上に自分のことを主張してしまって、意思の疎通がうまくいかないことも多かった。

 

そこで、「待つこと」を家族との会話で試しにやってみた。話を振られたらすぐに反応するのではなく、一呼吸置いてから話すようにしてみた。そうしたら、話を落ち着いて聞けるようになっただけでなく、今まで自分がいかにせっかちに話していたことにも気付いた。これだけ自分がせっかちに話していたら、相手も息苦しさを感じてしまうのかもしれないとさえ思ってしまった。

 

とはいっても、まだ「待つこと」には慣れていない。すぐに話してしまう癖が染みついているせいか、待つことにフラストレーションを感じてしまう時もある。だからこそ、「待つこと」を実践し続けていくことで、体に染み込ませることが大切だと今は思っている。そう思えるのも、「待つこと」によって自分が楽になれることを実感できているからなのかもしれない。