とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

「嫌いでもないけど好きでもない」気持ちを大切にする。

会話が食べ物の話になると、話している相手から「〇〇は好き?」と聞かれることが多い。そういう時、僕は「嫌いではないけれど、自分からでは好んで食べるほどでもない」と答えることがある。そして、そんな嫌いでもないけど好きでもないような気持ちを抱くことは、食べ物にだけに限らない。

 

他人がそれをやっていても自分は嫌じゃない。けれど、自分からそれをやろうとまでは思わないことが僕には多くある。以前は、そう思うことがどこか無関心な感じがして嫌だった。でも、今はそういう気持ちがあってもいいと思っている。というのも、「嫌いではないけど好きでもない」という気持ちを認めることで、気持ちが楽になれたからだ。

 

以前から僕は、物事に対する興味の幅が狭かった。なので、学生の頃から周りが面白がってやっていることに対して面白いと思えなかったことがあった。そのため、「どうして自分は面白いと思えないのか」と自分を責めてしまったり、その面白がってやっていることを嫌ったりさえしていた。そして、そんなことを繰り返しているうちに、好きなものよりも嫌いなものばかりが増えていった。当然、心は苦しくなる一方だった。

 

そして2年前くらいから、好きではないことが問題ではなく好きではないことを自分が認められないことが問題だと思うようになった。そもそも、好みなんて人によって違うものだから、他の人が好きなものが自分が好きになれなくても決して悪いことではない。だから、嫌いではないけれど好きでもないものがあってもいいのではないか。そう思うようになったら、今までの思い込みから解放されて心が楽になった。

 

 とは言っても、嫌いでも好きでもない気持ちがずっと続くとは限らないとも思っている。もしかしたら、これから好きになれるきっかけが起こることで、好きになれるかもしれないからだ。好きになれないのは、好きになれるきっかけが今まで無かっただけのことだ。だから、好きになれない自分を責める必要もないし、好きになれないからといってそれを毛嫌いすることもないと思うのだ。