とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

敬語を使わない会話

社会人になると学生時代とは違って、プライベートでも様々な年齢の人と接することが多くなってくる。ところが社会人になってしまうと、なかなか自分から年齢を言うことが少ない上、さらに相手の年齢を尋ねづらいことが多い。だから、会話している人の年齢が分からずにずっと敬語で会話しているということが、僕にはよくある。

 

でも、自分と近いような年齢の人と敬語で会話し続けている限り、仲が深まるのは難しいのではないかと最近は思っている。もちろん、明らかに年上の方や先輩に対しては適切に敬語を使った方がいい。でも、会話の中で自分と年齢が近いと分かったら、会話の流れをみながら、少しづつ敬語を使わずに会話を進めていった方がいいような気がするのだ。

 

敬語を使わなくても会話ができるような人に敬語を使い続けて会話をしていると、徐々に自分の中でよそよそしさを感じてしまうことが多い。何と言うかうわべだけで接しているような感じになってしまうのだ。そういった気持ちというのは相手にも伝わりやすい。そうなると、相手の方もよそよそしさを感じたり、うわべだけで接している態度になってしまうから、自分も相手によそよそしさを感じたり、うわべだけで応対されているように感じてしまうだろう。

 

こうして不必要に敬語を使いつづけてしまうと、そういった密度の薄いコミュニケーションになってしまうから、会話が終わるとどっと疲れを感じてしまう。そうなってしまっては、また次会いたいとは到底思えないはずだし、もしまた会ったとしても、お互いにぎこちなさを感じて会話が弾まないだろう。

 

だから、過剰な敬語の連発というのは、相手に気を使っているようでも、結局は気を使っていないのかもしれない。やっぱり、どこかで敬語を使うことをやめていかないと、相手の懐に入っていけないような気がするのだ。そして、相手の懐に入っていけないと会話も弾まないものなのかもしれない。

 

もしかしたら、敬語を使わないで会話をできるということは、自分はあなたと仲良くなりたいというサインを発していることになるのかもしれない。自分と仲良くなりたいと相手が感じるから、会話が弾むような言葉を自分に投げかけてくるのかもしれない。そうなると自分の気持ちを汲んでくれたと感じ、さらに会話が弾むような言葉を相手に投げかけるようになるのだろう。そして、そうやって会話がますます弾んでいくことで、そこから相手と仲が深まっていくような気がするのだ。