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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

「少しは~してもいいかな」と思えると、行動もうまくいく。

僕は会社の中では事務的以外の会話をほとんどしない。とはいっても、話しかけられたら会話はするけれど、自分から話しかけることはほとんどしなかった。しかし、最近になって「少しは話しかけてもいいかな」と思えるようになった。それは、周囲の様子がつかめてきたこともあるし、仕事にもある程度慣れたことで自分の心にも少し余裕と落ち着きがあるからだと思う。

 

ところで、この「少しは~してもいいかな」と思えた時というのは、やってみるとうまくいくことが多いような気がする。おそらく、心の中に違和感やためらいがないからそう思えるのかもしれない。そうやって心が納得しているからこそ、実際に行動に移してみても違和感や不自然さが表れにくくなるから、自分が満足できるような結果が得られるように感じる。

 

そして、この「少しは~してもいいかな」という時というのは、ほどよいテンションになっているような気がする。もし、テンションが高すぎてしまえば、空回りしてしまったり反動で気持ちが切れてしまったりもする。逆にテンションが低すぎたらなかなか行動までたどり着かないだろう。気持ちが入りすぎでもなく入っていなくもない、ちょうどいい状態だからこそ心も体も無理を感じないのかもしれない。

 

しかし、「少しは~してもいいかな」の最大の特徴は自分の本心からでた思いの時に感じることだと思う。自分で考え抜いて決断したからこそ、「少しは~してもいいかな」と自分に優しく許可を出せるのかもしれない。もちろん、考える際には他人の意見や行動も参考をしていることは当然あるだろう。しかし、周囲の圧力からではなく自分の本心からでた思いだからこそ、その思いに疑問や迷いが生じないような気がしている。

 

試しに、よく会話する年下の人に話しかけてみた。会話の内容も盛り上がりかたもいつも通りだった。しかし、自分の気持ちはいつもよりスッキリしていた気がした。おそらく、やってみようと思っていたことが無事できたという満足からきたのだろう。だからこそ、この感触を大事にしたいと思う。自分に許可を出すことを続けることによって、自分ができることが広がっていくように思えるからだ。