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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

親切を、無理してまでしない。

自分から物を持つのを手伝ってあげたり席や道を譲ったりするといった「親切」は、やったほうがいいことだとされている。親切をしたほうがいいのは、もちろんその行為が相手のためになるからだ。そして、僕も最近までは、親切は相手のためになるものだと思っていた。しかし最近になって、親切を本当に相手のためだと思ってやっていたのか、迷うようになってしまった。

 

というのも、「あなたの行動は、相手のためというよりも自分を良く見せるためにやっているように見える」というようなことを、ある人から言われたことがあったからだ。確かに今までは、相手のためだと思って自分から手伝ったり道を譲ったりしていた。でも、自分が良く思われたいという思いが心のどこかにあったのも確かだった。それで、人に親切をすることに対して迷いが生じてしまった。

 

親切をすれば悪く思われることはなく、むしろいい評価をもらえることのほうが多い。でも、いい評価をもらえると思ってしまうからこそ、それを求めるための親切をついやってしまいがちになるのだと思う。自分を良く見せるための親切というのは、もしかすると相手には簡単に感じてしまうものかもしれない。逆に、自分を良く見せるためにしているとは、親切をしている側は気づきにくいと思う。

 

だからこそ、無理してまで親切をしないことが大切だと思う。自分を良く見せたい、あるいは気の利かない人間と思われたくないという気持ちが強すぎるから、無理して親切をしてしまうのだと思う。でも、実際にはちよっと親切をしなかったからと言って気が利かないと言われることはほとんど無く、むしろ簡単に気が利かないと言ってしまう人の方が快く思われていないような気がする。

 

考えてみれば、親切だけで自分の評価が全て決まってしまうわけではない。そう思うことができれば、自分を良く見せようとする必要が無くなるから、無理に親切をすることも減ってくるような気がする。親切に限らず無理してやろうとすると、どこが不自然な力が入ってしまいやすくなる。無理してやらなくなければ、余計な力も抜けるだろう。やっぱり気軽にやった親切が、本当に相手のためになるのかもしれない。