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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

サイドミラーをたたむことで、自分も周りも大切にする。

車を運転していると、道路の端に停車中の車の横を通ることがある。その際、サイドミラーをたたんでいる車を見かけることがある。特に、大手の運送業の場合は必ずといっていいほどたたんでいる。おそらく、他の車にサイドミラーをぶつけられてしまうのを防ぐためと、他の車が通れる部分を確保することによって事故を防ぐためにやっているのではないかと思う。

 

そして、店舗の駐車場でも1台分の駐車スペースの広さに関係なく、サイドミラーをたたんでいる車をよく見かける。この場合は隣に駐車しようとする車にサイドミラーをぶつけられないようにするためだろう。実際、1台分の駐車スペースが狭いところに駐車する場合、サイドミラーがたたんであると「隣の車にぶつけないようにしなければ」というプレッシャーが軽くなることが多い。

 

そして、道路や駐車場でサイドミラーがたたんである車をみる度に、この車の運転手は車や周りのことを大切にしているような印象を受ける。自分の車を大事にしているからこそ、車を傷つけないためにサイドミラーをたたむ。あるいは、周りを大切にしているからこそ、事故を誘発させないためにサイドミラーをたたむ。サイドミラーをたたんだ車からは、そのような運転手の思いがあることを感じる。

 

そういうこともあるのか、サイドミラーをたたんである車は、車体が汚れていないものが多いように感じる。それだけ普段から、車を丁寧に扱っている証しなのだろう。さらに、サイドミラーをたたんでいる車には、俗にいう高価な車でもよく見かける。やっぱり、簡単に買うことができたものではなかった分だけ、大切にしようという気持ちが強くなるのかもしれない。

 

サイドミラーをたたむことは、人によっては細かいことに感じるかもしれない。でも、うわべだけでなく本当に大切にしているかどうかは、そのような細かいことに表れてしまうような気がする。だから、「大切にしている」とわざわざ言わなくても、その細かいことが本当に大切にしているかどうかを教えてくれていると思う。そう考えると、本当の思いというのは、やっぱり言葉よりも行動に表れやすいのかもしれない。