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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

年を取っても、丁寧な応対ができる人になりたい。

先日、昼食を買いに惣菜屋に行った。買うものを手に取って、レジを待つ列に並んだ。その時、僕の前には年配の男性がいた。レジが年配の男性の番になって、そのやりとりの中で店員さんが「袋はどうしますか」と、その男性に聞いた。そうしたら、男性は「お願いします」と明るくさわやかな声で答えた。それを聞いて僕は、男性から腰の低さと誠実さを感じていた。

 

その一方で、レジの順番待ちをしていると、年配の方が店員さんを見下しているような応対をしているのを目にすることがあった。「どうして見下さずに応対できないのか」と思いながらその応対をいつも見ていた。さらにその応対を見ていると、自分とは関係なくても気分が悪くなってしまったことが多く、「年を取ってもあんな人間にはなりたくたい」といつも思っていた。

 

でも、年を取っていくと丁寧に言うことが難しくなってくるのかもしれないと、最近は思うようになった。もしかしたら、人は年を取っていくと、知らず知らずのうちに威厳を保とうとしてしまうところがあるのかもしれない。だから、恥ずかしさやプライドの高さからついぞんざいな態度をとってしまうのかもしれない。そう考えると、複雑な気持ちになってしまう。

 

そうやって丁寧な応対が簡単なようで簡単ではないかもしれないと思っていたからこそ、その男性の丁寧な応対に感動したのだと思う。その男性は、おそらく人生のどこかで丁寧に応対することの大切さを痛感したのかもしれない。だから、年を取っても丁寧に応対することができると思う。その男性に限らず、明るく爽やかに応対している年配の方を見ると、僕はいつも尊敬したい気持ちになる。

 

もう一つその男性で印象に残ったことが、意図的ではなく自然な反応だったことだ。いくら丁寧に話しても、ただ自分を良く見せようというだけならどこか違和感があっただろう。特に、僕はつい自分を良くみせようとする応対をしてしまうことがあるので、そこは気をつけなければいけないと感じた。年を取っても自然に丁寧な応対ができる人はかっこいいし、僕もそうなりたい。