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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

しゃべれなくても、楽しく過ごすことはできる。

先日、お世話になっている人から忘年会に誘われた。都合も問題なかったので、行くことをすぐに伝えた。しかし、心の中ではどこか不安を感じていた。というのも、多人数で一つの席を囲むことがあると、うまく会話に参加できずに周囲から浮いてしまうように感じてしまうことが多かったからだ。だから、今回もまた浮いてしまうかもしれないという思いが僕の中にはあった。

 

僕は自分から話題を切り出すことが苦手だ。それだけでなく、タイミングを見てしゃべることも苦手だ。だから、多人数で一つの席を囲むことになった場合、僕はいかにして話すかということばかり考えながら席にいた。でも、意識が話すことに向いている分、みんなの話が頭に入りづらくなっていた。そのため、会話の流れが読めなくなって、さらにしゃべれない状態になっていた。

 

だから、他のみんなはしゃべっているのに、自分だけ全くしゃべれなかったことは何度もあった。その時僕は、会話に参加できていないように感じていた。さらに、相手は僕に話を振ってこないから、相手は僕を軽んじているのではとさえ思うようになった。そんなことを繰り返しているうちに、多人数で会話をすることだけが苦痛になっただけでなく、その場にいた人のことを悪く思うようにまでなっていた。

 

そこで今回は、無理してしゃべろうとしないことをまずは心がけた。次に、みんなの話をじっくり聞いてみることにした。そして、誰かから話を振られたり誰も答えたりしなかったら、そこで初めてしゃべればいいと考えた。極端な話、全くしゃべれなくてもいいやとさえ思っていた。自分だけしゃべれないことにフラストレーションを感じながら過ごしてしまうよりもマシだと思ったからだ。

 

そして、実際にやってみたらいろいろな効果があった。まず、しゃべることにエネルギーを費やさずに済んだので、その分楽な気持ちで相手の話を聞くことができた。そのため、相手の話が頭に入りやすくなったから、面白いところでは素直に笑うことができた。以前のように相手の話が頭に入っていないために、みんなは笑っているのに僕だけ笑っていないということが今回はなかった。

 

今回も以前と同じようにほとんどしゃべらなかった。でも、その場から消えているようには感じはしなかった。隣の人は「あの店のことだよ」とか「あの人のことだよ」と僕に振ってくれた。さらに、向かいの人は、自分の飲み物を注文する際、僕にも何か注文するか聞いてくれた。つまり、ほとんどしゃべっていなくても、みんなは僕のことを気にかけてくれたのだ。それなのに、今までは他のことに気をとられてそのことに気づけなかった。

 

忘年会が終わった直後、僕は「こんなに楽に過ごせるものなのか」と思ってしまった。むしろ、なんで今まであんなに神経をすり減らしていたのだろうと思ったくらいだった。さらに「もしかしたら、みんなといることは面白いかもしれない」と少し思えるようになった。もしかしたら、今回はみんな知っている人ばかりだったこともあっただろう。でも、相手が誰であってもこれを繰り返していけば、多人数の会話が楽しいと思えることが増えていくような気がするのだ。