読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

心がこめられた一言は、人を嬉しくさせる。

昼食を買いに惣菜屋へ行った時のことだ。その時はカツ丼を一つ取ってレジに向かった。ちなみに、このお店では店内に食事スペースがある。そのため、清算する際には持ち帰るか店内で食べるかどうか聞かれる。今回は家で食べるつもりだったので、「持ち帰ります」と僕は答えた。そうしたら、その店員さんはカツ丼を袋に入れた後、「お気をつけてお持ち帰りください」と言いながら僕に差し出してくれた。

 

僕はその店員さんの一言が嬉しかった。レジでのやりとりの中に、こうした気遣いの言葉があるとやっぱり気持ちがいいものだ。その一言があるだけで、お客さんは丁寧に接客してもらっていると感じると思う。もしかしたら、こうして丁寧に接客してもらえるとことで、お客さんはこのお店をまた利用したいなと思うのかもしれない。

 

だからと言って、一言添えたほうがいいと言っても機械的な言い方では、言われたほうも嬉しくはないと思う。それどころか、嫌々言っているような感じがして気持ち悪いものだ。むしろそうやって言わされてるように感じてしまうように言うくらいなら、言ってくれないほうがいいくらいだ。そして、その悪印象は、応対した店員だけでなくその店自体にも向きやすいものだ。

 

でも、その店員さんの一言には、心がこめられているような感じがした。だからこそ、その一言が嬉しかったのだ。決して、言うように指導されたから言ったという感じではなかった。面白いことに、言葉を聞く側はその言葉に心がこもっているかどうかは意外と感じやすい。だから、もし何か一言添える場合には、心がこめられている言葉を発することが大切だと思うし、心がこめられていなかったら逆効果にもなってしまうと思うのだ。