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とりあえず、やってみる。

思いがまとまらなくても、まずは文章を打ってみる。

去り際の良さは、その人を幸せにさせる。

プロ野球のレギュラーシーズンも終盤を迎え、選手の去就についてのニュースも多くなってきた。そんな中、NHKBS1で中継していたドラゴンズ対ジャイアンツ戦を観ていたら、この試合をもって引退するドラゴンズの朝倉健太投手のインタビューとドラゴンズの選手たちによる胴上げが試合終了後にあった。さらに、中継のエンドカードは朝倉投手の胴上げであった。

 

朝倉投手は一時期主力として活躍したものの、ここ数年はケガにより名前を聞くことはほとんど無くなっていた。プロスポーツの世界では、ケガや不振などにより活躍できなくなることで表舞台から消え、ひっそりと寂しく引退してしまう選手もいる。しかし、朝倉投手は多くの人に見送られて引退することができた。その様子をテレビで見ながら、朝倉投手は幸せだなと僕は思った。

 

しかしその一方で、主力として貢献してきたにも関わらず最後は周囲とギクシャクしてしまったために、何の労いもなく去ってしまった選手も僕は知っている。もちろん選手も嫌だったろうけれど、周囲だって少なからずわだかまりが残ってしまうのではないだろうか。だから、多くの人に見送られながら去っていくことは、選手だけでなく周囲も幸せにさせると思っている。

 

そして、この話はプロスポーツだけに限らない。仕事で退職する場合でも、多くの人に惜しまれながら退職するのと周囲の目を避けるようにして会社から逃げるように退職するのとでは、退職する人にとってその職場に対する思いが大きく違ってくると思う。僕は後者に近い形で会社を退職した過去があるので、なおさらそう思えてしまう。だからこそ、どんな世界であっても去り際は大切だと思うのだ。

 

これからプロ野球では、球界から引退する選手や球団を退団する選手が多く出てくる。そして、それまでの経緯がどうであっても、その選手たちが何のわだかまりもなく快く去ることができることを僕は願っている。そう思ってしまうのも、その中継で見た朝倉投手の表情がとても晴れやかに見えたからだ。

 

最後になりましたが、朝倉健太投手、お疲れ様でした。